奨学金横断検索サービスのCanpassが先日公開されました。大学進学等を諦める理由に、経済的な理由も少なくない中で、全国に10,000件以上ある奨学金を横断的に検索できる無料Webサービスです。今回のインタビューでは、あしなが育英会の富樫様、佐藤様、そしてプロジェクトを起案されたNECの田中様にお話をお聞きし、そのプロダクト開発に込められた想いを探ります。
今回のプロジェクトは、田中さんから持ち込まれたと聞いています。
どのような経緯だったのでしょうか?
田中さん
私は、新規事業開発を行う、NECコーポレート事業開発本部という部門に所属しています。入社時は異なる部門の配属だったのですが、もともと教育部門に関わりたく「教育の機会均等を実現したい」と言い続けていたことで、2020年1月に異動になりました。そこで考えたのが今回の奨学金サービスです。
原体験として、私自身が進学にあたり奨学金を探していた際にも、情報が散在しておりとても分かりにくかった経験がありました。例えば、「奨学金」と検索しても、個別の奨学金サイトを一件一件調べないといけないですし、探した情報にも漏れがあることも少なくありません。
また、これまで十年来子どもの貧困の領域で、さまざまな立場で活動を行なっており、そこでの子どもたちとの出会いもサービス開発のきっかけの一つでした。具体的に言えば、「やりたいことが明確には見つからない中で、学費のために数百万の借金を背負って進学できない」と言ってチャレンジをせずに進路に妥協していった子どもたちの背中が強く目に焼き付いています。藤村さんもおっしゃるように、キャリアとは仮説検証で、仮決めでまず一歩踏み出すことが大事で、やってみて本当に好きかどうかを知り、そこから得たインサイトを経てピボットし徐々に精緻化していくことが重要であると思いますが、貧困家庭出身の子どもたちはその機会に漏れているのかと思うと、この現状を変えたく思いました。
その上、現在世にある奨学金情報が高校生にとって分かりにくいために、保護者や学校の先生が奨学金を探している傾向があり、生徒のとり得る選択肢が身近な大人の視野に依存していることに対して、課題感をずっと持っていました。そういった中で、高校生が自分で調べていけるような奨学金検索システムを作れたらと社内起案をしたのがきっかけです。
社内の起案後はどのような動きでしたか?
田中さん
実際にこの企画を複数の団体に持ち込みましたが、一筋縄ではいきませんでした。奨学金の横断検索できることの重要性は理解していただけた一方で、システム開発費用がかかること、そして横断検索サービスを開発する場合には、他の多くの奨学金団体との連携も必要であること等から、断られることが続きました。
そのような状況の中、私があしなが育英会の学生寮にいた時代にお世話になった職員の方から、たまたま「久しぶり 元気?」と連絡頂きました。その時に、自身の取り組みを話したところ、奨学課の富樫さんを繋いでもらうことになりました。
それが、あしなが育英会の富樫さんとの出逢いだったのですね。田中さんから最初に提案を受けられた時はどんな印象でしたか??
富樫さん
純粋におもしろそうと思いました。私の中で、くすぶっていた課題感と重なったからです。というのも、私自身は奨学金の担当部署にいますが、厳しい経済状況の方ほど情報が届いていないことが多いなと感じていました。それはご家庭の問題ではなく、生活が本当に大変で、親子で進路を話す時間が持てず、保護者も子どものためになんとかその日を生きているからです。
その中で、高校生自身が仮に情報を得ようとしても、理解がしづらかったり、自分で情報を取りに行くのが難しかったりします。特に、高校生からすると情報を受け取ってもそれを咀嚼できない、どう扱って良いかわからないという事態は起きやすいという声も聞こえてきます。そのため、高校生たちにとってわかりやすい形で、私たちが届けたい情報を、実際に届く形で届けていきたい。その課題感はずっと持っていましたので、このお話は非常に魅力的でした。
他方で、先ほど話が出たように、データを集めることへの不安がありました。実際に内部でも、開発投資費用、データ収集、更新の工数など現実的な面を慎重に考える意見もありましたが、「これが実現できると私たちが日々感じている無力感を解消することにも繋がるだろう」という原動力もあり、実現に至りました。
日々感じている無力感とはどういったことでしょう?
富樫さん
あしながの奨学金では、高校生、大学生、専門生、大学院生に対して、制度を用意し、「このタイミングまでに申し込めば、この制度が使える」と案内していますが、そこを超えた支援はできませんでした。また、あしなが育英会の主たる財源はあしながさんと呼ばれる寄付者からのご寄付で、どうしても限界もあります。さらに給付型奨学金を2018年からスタートさせたことで、希望者がそれまでの倍に増えている現状もありました。
あしながだけではできないことを、多様な立場の外部団体と繋がることで、彼らが進学できる可能性を広げたり、逆になにもできない無力感を解消できたりしないないだろうか、ということを現場の人間として強く感じていました。
佐藤さん
あしなが育成会としては、できるだけ高等教育までみんなが進むという世の中を作るということがミッションなのですが、その時に4つが格差としてあると思っています。経済格差、情報格差、ロールモデルの欠如、学力などの認知能力/非認知能力の格差の4つです。
このうち、奨学金は経済格差あたりますが、2番目の情報格差を埋めるためにもいろんな取り組みをしていますが、難航してきた部分もあります。具体的には、奨学金情報を紙媒体で渡しても見てもらえないこと、給付奨学金の認知度が低かったことが調査で明らかになりました。あしなが育英会が行なっている学習支援や大学生のロールモデル提示の取り組みを通して、高校生が大学進学を考えたとしても、この情報格差の問題は残り続けます。そこで、このcanpassを開発することが画期的な新しい取り組みになると考え、役員にも説明をしました。
実際に役員の反応はいかがでしたか?
富樫さん
役員に話した際にも大きな後押しをもらいました。もともとあしなが育英会では、遺児が遺児のために行う運動を広めており、それが巡り巡って子ども達のためにという考え方を持っています。ですが、結果的に私たちが運営をしている制度は遺児しか使えない制度でもありました。その中で、このCanpassは、より広い範囲を対象とした支援に繋がるだろうと後押ししてもらった大きいポイントだと思います。
実際に、私自身の実感としてもそこは強く感じた部分です。東日本大震災の際に、さまざまなご支援を頂いてあしなが育英会が東北の支援をしていたときの話です。子どもたちに集まってもらい、支援活動を行うのですが、「この子は津波でお父さんを亡くしたから来てもいい」「だが、一緒に暮らしている従兄弟のお姉ちゃんが来てはダメだ」という線引き、分断が生じてしまった体験がありました。
あしながさんからは、津波遺児のためにという想いで、ご寄付をいただきます。その遺児のために仕事をすることが、結果的にその地域で生きる子ども達を分断していたかもしれない。そのようなもどかしさを強く感じた体験です。
ですが、それはもしかしたら東北に限らず、奨学金でも変わらないのではと思えました。例えば、「あしながの支援を受けることで親がいないのだとバレるかもしれない」といった怖さを生むことに繋がったり、あしながの支援に申し込むこと自体が、自分に親がいないことを認めることになったりします。活動の対象が明確であるゆえに、分断を生むかもしないとの懸念が、このCanpassでは一気に解消できます。友達と検索し合うなどみんなで一緒に使えるサービスに育ってほしいですね。